緑あふれる美しい街の美味しい料理をご満喫頂けるお店です
柏 芸 妓 組 合
柏の芸妓さんの起源は昭和24年とされています。一説には柏の豪商さんが温泉で芸者遊びをして、たいそうその芸妓を気に入り、是非柏に来て欲しいと思い策略を練り、花代を踏み倒し連絡先だけ置いて柏へ戻ったそうです。案の定、花代の催促が来ました。豪商さんは、「色を付けて払うから柏に取りに来てくれないか」と呼び出したまま、柏で芸妓業をさせてしまった。などと言う話もありますが、真偽は定かではありません。 下記にあります「大木かね」さんが柏の芸妓の起源と考えるのが妥当と思われます。

発行新聞社不明
発行日時不明(昭和46年の物と見られる。)
写真が当時の切り抜き記事です。
内容は以下に記します。
***女その生き方***M
芸者の草分け、「柏家」女将 大木かねさん

芸妓育てて22年「振出しの苦労を思うと・・・」

芸が出来る芸者に

「今の市長さんとね、根本信介さんといって、当時の警察署長さんのすすめで、『土地の発展のために』と言われて、もう二十年前に柏へ来たんですよ」と、昔の柏を懐しみつつ話すのは、芸妓置屋「柏家」のおかあさん大木かねさん。
『今の芸者さんは***ができない』−というのが最近の芸者評。「バーの女給にも劣る」とまで悪評が飛んでいるが、「それは一部の人たち」とおかあさんは首を振る。
さきごろ、『春の柏おどり』と題した古典舞踊の発表会が、柏市民会館で開かれ、柏の芸者衆約三十人が日頃のおけいこの成果を発表。京鹿子娘道成寺、連獅子、神田祭りといった古典舞踊の粋を集めて盛大な催しとなった。「こうしたものを見ていただかなきゃいけません。歌舞伎そのものですもの。舞台づくりにも専門の道具方をお願いして、お化粧や衣装も第一級の顔師、衣装屋さんを呼んで開きました」。費用もざっと三百六十万円かかったという。

「芸者自身も自分の職場に対する考え方を改めていくようになると思いましてね」というのがおかあさんのもくろみ。
芸のある者ほど、誠意を持って客に当るし、「なんとかなる」という旦那衆の甘い誘いもはねつけることができるとおかあさんは考えているのだ。


辛かった振り出し
「私はね、鬼怒川から来た芸者。当時の柏は草ぶき屋根の家がポツンポツンとあるきり、さびしくてやりきれなくなりました。鬼怒川から七人の妓(こ)を連れてきて、さて商売といっても、洋食の冨士見軒、そばやの寿々喜庵と二軒しかないんでしょ。十畳一間に八人が雑魚寝して二月くらい食べ物だけしか買えない、ていう生活しましたわ」と二十二年前の柏と置屋の草分けの苦労をぽつり。
「でも、柏に来た以上は何としても成功しなきゃという気持ちで必死でした。当時は電話がなかったでしょ。小僧を一人おいて、冨士見軒さんと寿々喜庵さんをお用聞きですよ。今日は帰ろうと何度思ったかしれませんね」

その気持ちを励ましてくれたのが冨士見軒のおかあさん「柏はね、戦争の時も作物も魚も豊富でした。足場も便利だし、この時世にどこへ行ったって同じようなもの。この土地へ来たからにはこの土地で旗あげなきゃウソよ」。

分けた七軒も繁盛
「おひろめでーす」。お母さんの思い出話が頂点に達したとき、柏家の玄関先にはじめて芸者として一本立ちする加代さんが「和本」のお母さんに案内されて、ごあいさつにやってきた。
「よろしくお願いしますよ」と、柏家のおかあさん。やさしい思いがこめられたこの言葉の裏にきびしさを乗り越えてという励ましまで感じられた。
「女の世界だけに大変です。芸者になるというしの陰には複雑な事情がありますから、中にはひねくれた妓もいます。何度やさしい声をかけてもわかってくれない・でも、そんな妓が『おかあさん、親孝行のつもりで下駄を買ってきたよ』なんて言ってくれるようになる。とてもうれしいねぇ」。
柏家からは七軒の分家を生みまさしく柏市の夜の立て役者として、大木かねさんの働きは第一人者の重みを増した。分けた七軒は本家を超える繁盛ぶり「いままでの苦労が吹き飛ぶ思い」とおかあさんはニッコリ。「ことしは柏おどりで大いににぎやかにやりますよ」と、本社選定の「柏おどり」に期待を寄せ、意欲を燃やしている。
大木かね 大正二年一月生まれ。58歳。
(資料提供:冨士見軒)
-----------------
昭和44年発行「花の柏」“夜の柏”紹介号から
柏芸妓組合加盟の置屋は14軒58名の芸者が居た。
・梅の家(梅若・梅二郎)
・柏家(喜美長・万丸・早苗・秀千代・ひな子・玉美・由美・とん子・てまり・いづみ)
・吉叶(吉弥・紫・いろは・てるみ・三吉・おとら・茶目・力弥・一寸平・紅香・福丸)
・和本(小春)
・新幸本(金太郎・幸太郎・君太郎・ぽん太郎)
・静村(静香・尚子)
・宝家(蔦奴・玉奴・七五三奴)
・蔦の家(ゆたか)
・常磐野(政千代)
・林家(蔦代・かるた・夏代・きみ代)
・花菱(千代美・千代菊・加代子)
・真砂の家(小幸・小きん・小よし・あい子)
・峰本(染子・小つる・小市・小初・小富・小み代・小すず)
・分宝家(鈴奴・鈴千代・鈴美・鈴子・鈴駒)

一方、柏料理業組合加盟店は22軒(岩寿司・おきな寿司・大田家・川長・喜久水・喜楽・幸楽・松柏・信濃屋・鮨芳・寿々喜庵・寿々女・千成クラブ・たかぎ・津久ば・なかや・柏翠・波利宝・二葉・富士見軒・まんざい・友楽亭)ありました。

当時、柏の歌と言えば『柏音頭』(近年青森県柏村の柏音頭が盆踊りなどで聞けましたが、それとは違います)と『京北音頭』で、覚えていないと夜遊びできなかった時代なのかな?(笑)


(資料提供:柏芸妓組合見番数馬)
沿革 芸妓って? お座敷遊びって? 柏芸妓組合TOPページ
Copyright(C) 2006 Kashiwa ryourigyou a guild All Rights Reserved